俺が土偶になったわけ 青森さすらい旅情編 02

(前回のあらすじ)
2009年秋。ふと何かにさそわれるように、
女(てか俺)は青森へ旅に出た。
三内丸山遺跡で行われた縄文大祭で踊りまくり、
心の洗濯のような夜はふけゆく。

:o :o :o

やがて宴は終わり、みな少しずつ帰って行った。

縄文大祭に誘ってくださった方に再会した私は、
この後の打ち上げにもぐりこませて頂くべく、
片付けをできるだけ手伝っていた。

野原の中で、ところどころ置かれたかがりびの燃えかすを
じっと見ている女性が居た。

「次、どこに行けばいいですか」

と聞こうと思っていた私は、
彼女が意外に幼いことに気づいた。
中学生か高校生くらいだろうか。

「わからないです」
口を開くと、十代前半なのがはっきりとわかった。

スタッフのみなさんと復元遺跡の下で、酒を飲み交わした。
直径1メートルはある、大きな木の柱を何本も建てられた大きな小屋。
作業場ともいわれている。



右側赤い腕の方は今回の主催者でヨホホ研究所の研究員でもある山田スイッチさん

すぐ近くに、アナウンサーの今泉清保さんがいらした。
そういえば、前にアルタイ共和国の歌を聞きに行った時も、
この人が物販コーナーで販売していた。
人の声ががやがやしていても、はっきり声が聞こえたのを
覚えている。声が商売って、本当すげぇなぁ、と。

その話を話しかけたら
「なんかね、お声掛け頂いて、ボランティアでしているんですよ」
とのこと。
青森が出身で、三内丸山遺跡の素晴らしさを愛を込めて語ってらした。

おつまみ「いかの口」。真ん中は黒い爪みたいな固いのが入っていて食えない。
周りはやわらかいいかくん

りんご農家、リンゴジュース屋さんなど、地元のいろんな方々が参加してらした。おいしい味噌汁をいただきつつ、持ち寄りのおいしいご飯を食べる。

すぐ近くに、栗が山と積まれていた。

気が付くと行動を一緒にしていた人と「これ生だね」と言っていると、
持ってきてくれたおじさんが

「生でも食べれるよ。食べてみなさい。縄文の人も昔は生で食べていたんだ」

食べると、しゃっくりとした消しゴムのような、うすあまい食べ物だった。
おいしくてしばらく食べていると、一緒に食べていた人が

「…虫が入ってた…」

「昔は虫も食べてたんだよ。何せ生まれてから栗しか食ってないんだから、
うまくないわけがないだろ…!」

「えっ 生でですか?」

「もちろん火を通してだよ!」

すぐそこを見ると、先ほどかがり火の燃えカスを見ていた女性が、
はしゃいでいるのが見えた。
「11歳」と言っているのが聞こえた。

帰りに、参加者の方からのおみやげのりんごや、
汁をふるまわれていたお椀などをいただき、その場をあとにした。

冷静にレポートしようと思えばできる。
けれども、なにか、言葉にできない何かが、むねにたくさん詰まっていた。

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