【土偶ウキウキWatchin’】 三内丸山遺跡より

土偶について妄想したいろいろを書く。

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これも土偶なんである。
人にみせると、よく「みみずく?」といわれる。

だが、これが私を土偶の道に向かわせた土偶なのである。

全体像。

下に「土偶」って書いてあるから、まちがいなく、土偶なんである。

目と鼻はようじみたいなものでポツポツとあけられている。
魚の骨や松葉などで開けられたのだろうか。
こういう細いもので刺すだけの目はわりと珍しい気がする。

鼻の穴が、きちんと2個空いているところが、媚びすぎないデザインでなおもカワイイ。

鼻の穴が開いているのは大事だ。
人相的に鼻の穴が大きい人は、生命力が強い といわれる
入れたエネルギーをきちんと出し、必要なエネルギーをきちんと入れることができるからだ。

頭にははちまき?を巻いている。
あのJリーグがはじまったころに目の離れた人(名前知らない)がよくやっていた、
糸を頭に巻く的なものだろうか…

何年か前、俺はなんだか人生に疲れて、三内丸山遺跡に行った。
(詳しくは、この辺とかこの辺ごらんください)
そこで、衝撃を受けたのが、この土偶だったのだ。
現代人の私が見ても、すなおにカワイイ。
そして、土偶らしくないのに、こいつは胸を張って?「土偶です」と言っている。

そもそも「偶」という言葉は「人形」みたいな意味があるはずなのに、
こいつは人なのかさえもわからない。

この土偶を通して、縄文人と気持ちが通じた気がした。
「今なら土偶になりかわって話ができる」と確信した。
すぐに青森で「土偶bot」を作った。

土偶のきもちをそっと世界の隅で、
でも世界の中心に向かって叫ぶのだ。

「土偶土偶」とツイートしている肩身の狭そうな同志(土偶好き)に、
あいづちをうつのだ。

青森から帰ってきて、
一生懸命この写真の土偶をまねて作ったが、
そんなものいいわけなかった。

この土偶を作った人はきっとニコニコして作ったろう。
私が作った土偶は、ぜんぜんニコニコしていなかった。

ニコニコして作った土偶が 俺は好きだ。

縄文人が、この土偶を、どうやって作ったか、想像してみる。
ひげづらのおじちゃんが、普段は上手な板状土偶とか作っているのだが、

子どもが夜になるとぐずって泣き止まないので、
握って一緒にねんねしてくれる土偶を作ったのだ。
さらさらさらっと、短時間で。あぐらをかいて。
かわいい子どもが熟睡して、
気づいたら握っていた手から土偶が落ちるところを想像して、男は微笑む。

少しおしゃれをさせよう。はちまきかけよう。
へそは大事だ。
そうしてできたものを、ほかの土器や土偶の片隅に置いて、たき火で焼く。
はじめての自分に作られた人形を手にする子どもの笑顔を想像しながら。

こうやって書きながら俺はマジ泣きする。
人間は変わらない。本当にぜんぜん変わらないのだ。

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