ふつうの人間

別に誰にも嫌な思いはしてもらいたくないんだけど、
書きたいことがあるので、書いてみる。

先日、私が3連休だったので
家族で高原に行こう、という話になった。
私は、前にその高原に行ったことがあり、超いい景色だった。
家族に見せたいと思った。

そういえば、前回、高原に行くことをfacebookで書いた時に、
「●●という食べ物屋があって、おススメです」って言われたのを、
時間がなく、行くことができなかったのを思い出した。

言ってくださった方は、料理をする方で、
なんだか繊細な料理をする方だったので、
それはさぞやおいしいんだろう、って思ったんだった。

そして、そういう「おススメです」とか、
かけて頂いた言葉に対して、
きちんとやってみたりすることは、
なんか大切なことだなあ、と思って、
絶対いつか行こうと思っていたのだった。

夫に言って、夫も私も何回もインターネットで検索した。
食べログにもおいしそうなことが書いてあったので、楽しみにしていた。

1日の中で、いくつもめぐるところがあり、
その中で、なんとか時間の都合をつけて、
営業時間内に●●につくことができた。

ちょうどお昼どき、店はやや混んでいた。
俺たち夫婦と息子で店に入り、ちょっと椅子が足らないところを、
席を用意して頂いた。

そのお店は、夫婦でしている店のようだった。
高い値段で、ややひるんだが、山の幸をたべよう!ということで
(ここは山の変わったきのこと、川の魚が名物)
インターネットで最新のブログで「今おいしいです」
と書いてあったメニューを言った。

「あれっ、それはちょっときのこの関係でできないかもしれないです…」
と、注文を聞きに来た奥さんが言い、その旨をカウンターの中で調理している旦那さんに
聞くと、

「できない。」
と、ぶっきらぼうに答えていた。あきらかに客に対する怒りみたいなものがあった。

そのとき、あっ と思って、店を出ていればよかった。
でも、まだまだその時は、繊細な料理を作る人おススメの場所!
と思っていたんだった。

注文をして、楽しみにご飯を待っているうちに、
息子がその場にいれないようで、外に出たいと騒ぐ。
夫が息子に付き合って外にでて、駐車場を散策したりする。
そして、しばらくしてもどってきて、また騒ぐ。
「もうちょっとだから」と押さえつけると、なおも騒ぐ。

これはなんかおかしいぞ…と思っていたら、
楽しみすぎて気づかなかったが、
お店の中がすごく暑いのだった。
水がうまい。やたら水が冷たくてうまい。

やがて、木の板に、葉っぱなどをあしらった(詳しくはもう暑くて覚えてない)、
巨大な天ぷら(天ぷら定食を頼んだのだった)がやってきた。

パリっカリっ
サクサク

すげー歯触りがバリバリしてておいしい。

ただ、1個食べたあとから、なんか変な気分がしてきた。
なんか口に入らない。
歯触りはすごくいいけど、進まない。

しばらくして、すごく気持ち悪くなってきた。
とてもじゃないけど全部食べられない。
こんな高いお金出して買ったのに、ちょっとしか食べられない…

油が微妙に古いみたいだった。

その感、息子はご飯をたべずぐずりまくり、
私ら夫婦は、その間外に連れて行き、
もうすっかり機嫌が悪くなっていたのを、抱っこして外の鹿の毛皮などに触らせた。

せめて夫が頼んだサラダも食べようと思ったが、
そっちの野菜も素揚げしてあって、食べられない。

そうだ、きのこ汁がやたらほめられてたっけ! と思って、
きのこ汁を飲んだら、
濃いめんつゆの味。化学調味料。

いや、めんつゆが悪いとは言ってない。
600円とか、700円とか、そういうお店だったらめんつゆでもいいし、
私ら自分でその値段とお店を選択したんだから、
「めんつゆうめえじゃん」って飲むよ。
家でもめちゃ使うし、めんつゆ。
(一時家で作ってたけど、なんかうまくいかない)

でも、そのお料理は、値段3倍くらいした。

いやー残しちゃ悪いな…と思ってでも、ぐったりしていたら、

カウンターで、何かお客さんとマスターが話していた。
どうやら、日本に留学して、自然関係の勉強をしているらしくて、
しきりに
「あなたすごいですね、こういう生活、してみたいんですよね」
と、言っている。

マスターが、
「まあね、なにはともかく、まず、やってみるってことが大事ですね」
とか、ほんと「俺って今いいこと言った」みたいな感じで言ってる。

そのステキな会話を繰り広げている人たちをしり目に、
「吐けるものなら吐きたい」…と、ぐったりしながら、
俺たち夫婦は、ヨロヨロとお金を払って店を出た。

帰りに、カウンターにずっと座っていた、
これ以上ないほどに目が死んでる子どもと目が合った。
ここの店の子どもみたいだった。

ずっと、カウンターに座ったり、外を適当に歩いたりして、
友達もいないみたいだった。

クルマに乗って、次の場所に向かっているときに、夫がぽつりと言った。
「ああいう自然派の店ってさ…なんか部活の先輩みたいで、客が後輩みたいだよね…
なんかほめなきゃいけないみたいな、そんで、先輩ふんぞりかえってるみたいな…あれなんで?」

夫はいつも、私が好きでよく通ったりしている
店の弱点みたいなところを痛烈に突く。

————————–
あれからもう1か月近く経って、
あの店で私たち家族がであったことと、
それぞれの登場人物と、シーンが、
なんとも言葉では表現できない不思議な雰囲気で、

ふつうに観光に来たのに、
私たち家族も含めた不条理感。
同じ場に居るのに、何も交流がなかった感じ。
(いわゆる「ホール」をしていた奥さんは本当に丁寧で、
いいな、と思ったけれど)
なんだか、店を出て次の場所に行くクルマの中で、
吐きそうになりながら
笑えてきてしょうがなかったのを思い出す。


あと、もうひとつ、言えることがあるとすると、

世の中には、「他人の自己否定感で、メシを食う人が居る」
ってこと。

どんなに環境問題を考えたって、地球にいいことしたって、
他人の自己否定感でメシ食ったら、
そりゃあ一番地球に悪いな、と思った。

あと、まあ「単なる消費者になると痛い目見るよ」ってこと。
俺が普通に働き出して「せっかくの休みだから高原行くか!」っていう感じが、
すげえ「消費者」だったなあ、消費者の姿勢で店に行っちゃったなあ、とも反省する。

—–
それから、
「とりあえず、やってみるって大事っすよ」
って、俺は環境問題に単純に興味があった消費者の頃から、
なんべんもなんべんも聞いた。

で、俺はその「やってみる」ことをやった人たちがやったことを、
結局やらないまま、原発事故を迎え、今もやらないままここに居る。

それで今思うことは、
「やってみるって大事」っていう人は「やれることがやれた」からやれた。
身の回りの環境と意志と、それから考え方、それが全部そろったから「やれた」んだ。

「やってみたい」と思いながら「やらなかった」人は、
結局「やりたくなかった」からやらなかったのだ。

「やれなかった」って思うと、「自己否定感でメシを食う」
自称「自然に優しい」その他、きれいごとを言っている人たちに搾取される。

そしてたとえ「意志」はいくらあっても、
最終的には「考え方」、「目的のために突き進む」みたいな考え方が、
どうしてもピンと来なかった。

そして、俺は「やってみるって大事」っていう人たちが、
いかに自分のすごさを人に伝えることしか考えてなくて、
そのために、色んな人に迷惑をかけているか、知っている。

って、考えることがある。
自己否定感の塊で、いろいろな場所を渡り歩き、
カモにされまくった俺だから、思う。

俺は、つましく、ふつうの人間としていきたいと思った。
必要なことだけをして、ありがたがられもせず、苦にもされず、
できることをできるだけやって、
人に自慢せず。自分を否定せず。

あの店で一番おいしかったもの、それは水だった。
隣に、なんだかこだわった薬草茶みたいなものも入ってたけど、
水のほうがずっとうまかった。
あの店で一番ここちよかったもの、
それは外のひんやりとした空気だった。

人間って、汚い生き物だ。
最近、そう思う。

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ふつうの人間」への2件のフィードバック

  1. うーん。なんかだんなさんの一言ぐさりとくるけど、私もそんな感覚になったことがあるなー。でも、私は正直になれずに、いいはずだ!って思いこんで褒めたり、店の人に関心持ってるふりしたりしちゃったり。

    1. 私も! 本当にたんばりんと同じく、そういう行動とったこと、多かったなー…

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