地味に「ふんばろう東日本プロジェクト」の末端中の末端に居た

2012年の6月に書いたエントリーが残ってたので、アップしてみました。

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「ふんばろう東日本プロジェクト」って、どのくらいご存じの方がいらっしゃるのでしょうか…
アマゾンで本が1位になったとかなんとか言われてますね。
(社会・政治→ボランティア または コミュニティ内で現在1位)
http://www.amazon.co.jp/dp/4478017972

ひとことでいうと、2011年、3月11日に
震災で被災した方々を支援するボランティア組織です。
たとえば、アマゾンの欲しいものリストを被災宅や避難所ごとに作って、
それを見た人が買ってあげて支援するとか、
それから被災して仕事がない人のために、
がれきを片付けるための重機免許をとる支援をするとか…
冬になって寒くなると暖房器具など家電が必要になるので、
家電を買って送ってあげたり…

そんなことをしています。

私は、2011年の5月くらい~6月くらい 10月くらい~2012年3月まで、
「ふんばろう」のボランティアをしてました。
しかも幽霊部員でもなく、かといって地道ーな最末端なボランティアをしていました。
この適度な距離感がとても不思議で楽しかったし、
いろいろとためになったので、ご報告しようと思います。

<なぜボランティアをするようになったのか>
震災が起こった時、私は数年前に勤めていた「ソーシャル」なお仕事をやめて、
子どもを育てながら
「私が、本当に人のためだったり、世の中のためになることはなんだろう…」
と思いながら生きてました。

ですから、震災が起こった時、
「今までみたいに漠然と狭い視野で『いいこと』をするのではなく、
身近な人が困っていたらその人たちのためになるようなことをしよう」
と思っていました。
そうしましたら、たまたま編集学校の時に知り合った方が
Twitterですごく忙しそうにしていて、お話を聞いてみたら、
ふんばろうのボランティアをしてらっしゃるということで、
「それでは、よろしくお願いします!」ということで、入らせて頂きました。

<入ったあと~6月くらいまで>
「ふんばろうに入る」というのは、この場合、Facebookやメーリングリストのグループに入ることになります。
(詳しくはこちらをご覧ください)

そして、総合グループで、自分のできることを自己紹介などして、
自分が興味あるFacebookのグループに入ったりします。

私も勇んで入ったものの、しかして、いろいろ見ても、
なんか「そうか!これがこうなってるのか!」
と頭がバカなのか、わからないところだらけだったので、
まずは自分がすんなりできそうな、
「ふんばろうの各プロジェクトから『掲載してほしい』とお願いがあったニュースを適宜直してアップする」
という、Web-Upという班におりました。

ここのWeb-Upという班は、
リーダーはじめ、みなさん本当に丁寧に教えてくださいました。
依頼があった時にWeb-Up用のグループで「担当します」と申し出るか、
リーダーさんがFacebookでオンラインの人を見かけてメッセージでやりとりするので、
ほとんどテキストベースのやりとりです。
テキストだけのなか、ブログの書き方などのやりとりをするって、
結構難しいなあ、と思っていましたが、そこは言葉とリンクを尽くして、
教えて頂いてありがたかったです。

<ボランティアといえど襲われたトラウマ…>
そこで少しずつできるぶんだけやっていたのですが、

あるとき、緊急のアップする案件があり、
いつものとおりFacebook上で
関係する方々とやりとりをしながらやっていたら、
まだみなに決定事項が共有されていないエントリーを、リーダーの方が「すぐアップしてください」
という一言でアップするという出来事があり、
そこでたしなめられ、ボランティアとはいえ、
本当に全身の震えがしばらく止まりませんでした。

昔会社勤めの時によく叱責されて、
その時のことがいまだにトラウマだということが、この件でよくわかりました。
本当に、自分がある種の刺激(あるタイプのたしなめとか叱責)に、
アレルギー的に弱いことが、改めてわかった機会でした。

その後、もう作業するのがすっかり怖くなって、
またアップする作業が受けられるかどうか
ときどきFacebookのふんばろうに関するページを
見ながら様子を見たり、書いたりのですが、
あるときあまり知らない方から
「ちょっとあなた黙っててもらえますか」みたいなことを、
fbの会話中で言われたのをきっかけに、
しばらくふんばろうから距離を置くことにしました。

普段はそれほど感じたことはありませんが、
「生きづらさ」みたいなものに対して、
地面を見ながら考える日々が続きましたw

<それでもなぜか復活して楽しくなってきた>
それから2か月後の8月に、そろそろできるかも…と思ったので、
なんとなくふんばろうのFacebookページで、自分ができる案件があるかどうか、
見ていました。しかし、前と違って積極的に作業をする気にはとてもなれず、
数か月また考えた末に「なんか淡々とできるものないかしら…」みたいな投稿をしたら、
「ボランティアメンバーのみなさんにふんばろう全体が
どういう動きがあったかをお知らせするニュースのなかの、
『今週のWeb更新』のコーナーをまとめる」
仕事をすることになりました。

これは、担当者はほぼ私一人で、
作ってニュース全体の担当者の方にお渡しするという、
コツコツした作業で、本当に楽しく、癒されました。

いかに読みやすく、限られた書式の中で楽しく作るか…
自分なりに工夫して作ることが、なんだか癒されました。

まあ、被災地や被災者のみなさんからかなり遠いですが…。

<それで、やめました>
ふんばろうのホームページ全体の構成をしている、
Web構築班の方々は、この1年の間、常にホームページを使いやすく、
情報がいきわたりやすく工夫していました。
その結果、たっくさんできたプロジェクトの担当者が
都度更新していくほうが速い、ということになったようで、
それぞれが小さなホームページ(WALLPAPER)を持って、
やっていくこととなり、Web-Up班の仕事が格段に減りました。

Web-Up班の付きでニュースをお伝えしていた私も、
仕事がなくなってきました。

内部の動きや、雰囲気を見ていて、これからは
「本当に志がある人が地道に続けていく時期に入ったなあ」と感じました。

対して私はどうかというと、
どちらかというと
「震災が起きてしまったあと自分がどう生きるか。何を伝え貢献していくか」に興味があり、
被災地にも行くこともできず、お金もない、子どもも居る身では、どうしようもないと思いました。
そこで、これを機にふんばろうのサポートをやめることにしました。

<考えたのは、ボランティア、ということについて>
振り返って考えてみると、ボランティア、ということは、
そもそも人間は貨幣を持っていなかったわけで、
その人間の根本に還るような世界だなあ、と思いました。

お金がなかった時代、私たちは、何を苦しみ、どんな世界であったか…。

そんなことを考えました。

●考えたこと1:有償にしろ無償にしろ、結局、人は「自分がやりたいこと」しかできない
わたしが居たころは、だんだん「楽しみながら支援する」方向に変わっていった気がして、
しみじみと実感しました

●考えたこと2:それでも「合理的にこなす」だけでは疲れ果ててしまう
有能な方が、あれもこれもいろいろしてくださるケースをよく見ましたが、
燃え尽きのような形でやめていかれる方を何人も見た。

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