仕事しながら気づいたこと

(写真は、山に登ったところからの景色。配達してる時の景色に似ているから、のっけてみましたw)

配達をしながら思った。

三宅洋平という人が「立候補してみて、本当に俺は口ばっかりだったということがわかった。安倍総理、本当にいつもお疲れ様です」
と言っていた。

ミュージシャンのライブとか行くと「ほんとに構造が宗教で怖いなー」と思うことがあるけれども、そういうミュージシャンならではの伝達方法を使って、わかりやすく伝えているのが、いいと思う。

私も、郵便配達をはじめて、本当に口ばっかりだったということがわかった。
「世界を変える」「社会を変える」みたいな場所にいて、
自分があたかも「社会を変えている」かのような錯覚を起こしていた。

社会はいつも変わらないように見える。けれども、実は、配達をして「私のような歯車」がいつも動いているから、「社会」が続いているんだって。

そして、当時から確かに感じていた。
「地球を感じる、地球の身になる、というけれども、地球とか宇宙とか、私にはとらえきれない。他の人だって、本当にはとらえきれないのに、あたかもとらえているような錯覚を起こしているのが、環境破壊の原因なのかもしれない」と。

そして、今思う。
「自分が『とらえきれない』、と感じている『世界』を『変えている』と思おうとしていたってことは、結局は『むいてないことをしようとしていた』ってことなんだ」ということだ。

イベントをすることで給料を頂いていた時期もあったが、そのとき、いつもやりきれない思いを持っていた。うまくいえないけれども…。でも、そういうもんだと思っていた。満足いかないこと。それが、ふつうなんだと思っていた。

先日、魚のイベントの主催を一部させて頂いたりして、「しっくり」きた気がしている。

私こそが「とらえきれない方」を相手に、イベントをし続けていたのだと思った。

「不特定多数」のお客様ではなく「私がしたいことをする」それが私がイベントをする時の軸にぴったりなのだと。

「地球や宇宙はとらえきれない」と思っていたが、私は今、たしかに配達の仕事により「社会」を実感している。

とらえきれるものじゃないと、自分の軸って通らないんだなあ、という、当たり前のことを痛感してる昨今さ。

そして、思った。

社会は、私の外に存在しているんじゃない。
私がいるから、社会は存在している。
それを意識することが、間違いなく、「口ばっかり」から卒業することなんだって。

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