流れのままのアイヌ刺繍

人生、つぎなにしよう?


小田急線の桜ヶ丘駅から、地域のちっちゃいバスにとことこ揺られ、
「アイヌ刺繍ワークショップ」に行った。

青空保育っていう、子どものことにずっぼりかかわっていたこの1年だったが、
息子が保育園に行くことになって卒会し、
手伝いは続けているものの、
なんかどうしようかな~、これから~

そんななか「アイヌ刺繍」というキーワードが刺さった。
そうそう、みんながメディスンウーマンみたいなおばあちゃんになれば、
生きること、死ぬことが、もっと幸せなものになるはずなんだよね。
やさしく透明に生きる方法を持ち、そして、みんなが集えるような場を作れる人が、
もっと増えるといいな。

とかふんわり思っていたら、
行くことになりました。
母の日の予定をブッチして(すみません)。

季節のものから起こすパン工房で刺繍。パン、おいしかった。


会場は「パン工房ふらんす」さん。

天然酵母のパンの店なのだけれども、
一瞬場所がわからないような住居にあり、
なんだか不思議な空間だった。
ホシノ酵母と、季節の酵母(桜、いちご、たけのこ、などなど…)
で、パンを作っているらしい。

先生(と言ったら罰金だったw)は、橋本真喜子さん。
すごく美しい方でした。

美しい、と思ったら美しいと言えばいいのに、
なんだか言える時と言えない時があるのはなんでだろう。

と、同時に、親戚のおばちゃんにどこかしら似てることに気づいた。

流れのままに生きる。ムリしなくていい。


最初に真喜子さんからお話。

——————-
アイヌ刺繍は、母が子や夫を守るために、服などに縫い付けるもの。
柄の模様は一般的には「魔除け」とされているが、
家族への無事にすごせるような祈り、そんなものが込められている。

柄ははっきりとした意味というよりかは、いくつかの法則性
「目」や「つめ(トゲ)」があるものを作る。
それぞれオリジナルに紋様を作る。
全部がつらなった柄だから、縫う順番にも気を使う。

刺繍は生きている。
どういう刺繍になりたいか、刺繍に聞くとおのずとわかる。
糸がからんだり、うまくいかない時は、
自分に聞いて、
トイレいったりご飯食べたり休憩したりのどをうるおしたりする。
そういうのがあると、刺繍がとどこおったりする。

自分が生まれてきたルーツを思い出し、大切にし、楽しんだら、
道が開けてきた。
それまでは、父親に反発し続けてきた。
洞爺湖サミットでアイヌの人々が呼ばれ、
父が行ったが、当日席がなかった。
がっかり落ち込んでいた父に、
「笑ってればいいさ」と、真喜子さんは声をかけた。

事実、父が後ろで立って笑っていたら、
取材が殺到したとのこと。
(ニュアンスが違うところもあるかもしれません、すみません…)
———————————

「流れのままに楽しんで生きる」
「そのままでいい」

お話から、そんなエネルギーが流れてきた気がして、
みんな思わず涙する場面もありました。
あったのに…やはりそれがエネルギーだったからか、
うまく伝えられない… 笑

刺繍開始! 不器用な俺ができるのか…


最初から自己流にはできないので、まずは図版からチャコシートに写して使います。
「自分で写してみて使うと、より『自分の刺繍』になるわよ」

と真喜子さん。

ということで、自分で写してましたが、
かなりの下手加減…(写真2枚あるうち下の紙)

真喜子さんが、お手本の紙を何度も折って、
方眼っぽい目を作り
「こうすると写しやすいわよ」
と言ってくださる。

ああ…そうだ…
そして…もしかして真喜子さん…
私がフリーハンドで写してるの見てて黙ってて、
終わってから言いませんでした?!
(気のせい?!)

私が思っている子育ての思いと通ずるところがあって、
ちょっと胸がいっぱいになり、

紙を折って写したのが上の紙。
うん、だいぶん上手になりました。

「刺繍に下手もできないもない。
うちの教室には、片手が使えない人が刺繍をしている。
だから、五体満足な人がそういうわがままをいわないで」

「下手でも縫うの。楽しんで縫うの。
昔の刺繍は、みんな左右均等ではなかった。
自然界のものは左右均等なものはない。
だからいいのよ、できたものが不恰好でも。」

「私は刺繍を習ったことはない。
他のアイヌの人が『誰に習ったんだ?』って聞く。
でも、習わなくたって、いつの間にかできるようになった」

いつからか、ずっと続いてきた景色の中に、私がいま、いる。


 

ずうっと前から続いてきた刺繍。
それを、私が今させて頂いてる。
目をあげると、
ずうっと前から続いてきた草野原。

子どもたちが野外で遊ぶ風景が
もうすっかり私の一部になり、
なくては生きていけないほどの
ものになっているのは、
「それがずうっと前から続いている、調和した風景だから」

そういうものが、私はどうやら好きみたい。

家に帰って完成させたものがこちら。
ああ。刺繍はこうなりたかったのか。

私は、本当に不器用で、
正直、刺繍なんてできるかわからなかった。
けれども、これはなんだか、自分が「ここまで」と思っている能力よりも、
うまくできてしまった。これが刺繍の力か。ありがとう。

宇梶静江さん、というアイヌの語り部として有名な方がいらっしゃることは知ってた。
その方は布で何かを作る作家でもいらっしゃるようなのだが、
真喜子さんは、その静江さんの姪にあたる方なのだそうだ。

その、宇梶さんが作られた着物が上。
すごくきれいに刺繍がしてあるうえに、首のところに
昔の東北の刺し子のような縫い目がたくさんしてあって、
(まさしく田中忠三郎さんのボロ、のように)
すごくかわいらしい雰囲気もあった。
布も柔らかくて着心地がいい。涼しい。

————————————————————いか、ペロつれづれ
私は父に似ていて、父が嫌いだった。
父の親族は、顔が濃い。みんな濃い。
北の地なのに、なんでこういう感じで、
「秋田こまち」とか、そういう感じじゃないんだろう、
ってずっと思っていた。

真喜子さんが親戚のおばちゃんに似ているので思い出した。
もしかして…いやまあ、よくわからないし、
調べる方法もなさそうだから、いいか。

真喜子さんが次になりたいのは、土偶作家!
ステキや~

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